2018年 8月 ちょびが脳腫瘍と言われ 余命宣告されました それから 諦めきれず 緩和治療を続けています 積極的治療の方も、緩和治療の方も 同じ。 そこには愛があると思います 同じ病気で辛い思いをされているご家族の皆さん 一緒に頑張りましょう
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山本89歳・食事療法・令和7年3月28日の食事
#山本89歳・食事療法・令和7年3月25日の食事
山本89歳・食事療法・令和7年3月22日の食事
山本89歳・食事療法・令和7年3月21日の食事
山本89歳・食事療法・令和7年3月20日の食事
山本89歳・食事療法・令和7年3月19日の食事
山本89歳・食事療法・令和7年3月18日の食事
山本89歳・食事療法・令和7年3月17日の食事
山本89歳・食事療法・令和7年3月16日の食事
山本89歳・食事療法・令和7年3月15日の食事
山本89歳・食事療法・令和7年3月14日の食事
3/14(金)の晩ごはん
3/14(金)のお昼ごはん(持ち帰り)
3/14(金)の朝ごはん
3/13(木)の晩ごはん
人生100年時代で健康長寿を目標にしてきたが、病気などで介護を受けず、日常生活を制限されずに自立して元気に過ごせる期間を健康寿命と言いう。
入院時に言われたように。薬の調整・家から切り離すことでの休養・生活リズム の調整そしてカウンセリングを開始したことで、病状は好転していった。 utuutuyasuyasu.hatenablog.com 最初は病室のあるフロアの移動しか許されなかったものが、自宅で数泊 しても大丈夫なまでになり、三か月後に退院した。
のち複数の精神科を受診することになるのであるが、今から思っても ここのクリニックは少し変わっていた。 高級マンションの一室にあって、一見普通の住宅である。 ドアをあけても病院らしさはなく、リビングルーム・応接室にあたる ところに医師の椅子と患者の椅子がある。絨毯がひかれ、調度品がおかれ、 ちょっとセレブなお宅訪問のていだ。 椅子も少し高級な客様用の家具で、病院にありがちなパイプ椅子や丸椅子ではない。 医師も白衣を着ておらず、机もはさまずふかふか椅子に座って対峙する。 これは緊張させないような仕様であろうか… などと冷静に考えられたのは あとあとの事。 この日も子供を抱きつつ、滂沱の涙を流しなが…
二谷医師でこりごりし、保健所に相談してかかったのが三井医師のクリニックである。ここは自宅から徒歩15分くらいのところにある。 というか、近辺でメンタルクリニックはここしかなかった。 ここで精神科医二人目、と書いたが綿密に、正確に考えると三人目である。 「発病まで」の所に記した 大学時代に学生センターでカウンセリングを行っていたのは精神科医だった。 仮に四津医師とする。 前項で二谷医師への非難を記したが、四津医師もまたとんでもない医師だった。 週何回かで学生センターに来ていたが、普段は病院で診療に当たっていると言っていた。 私は就活がうまく行かない、家庭の事情がと泣き言を言ったり相談をしにいき …
四津医師の事で脱線してしまった。 私は三井医師にかかり始めた。と同時に敏記と茂洋を 保育園に入れた。 保育園に入れた事で大分楽にはなったが、どうも敏記の時のように すっきりしない。 内服だけでなく、抗うつ剤を点滴も行ったが怠さを酷く感じるだけであった。 また、私が気になった(気に障った)のは、同じ冗談を毎回毎回いう事だった。 それも大して面白くない冗談を。あれは何だったんだろう?
少し話がそれてしまったが、三井医師の所から帰って来て泣き崩れている私を見た 夫は心配し、真剣に別の病院を探し始めた。 元々、通院しても今一つはかばかしくない病状に不安を抱いていたようだ。 夫が探して来たのは、A病院という有名な総合病院だった。特に精神科が有名な訳でも 伝手が有る訳でもなかったが、たまたまA病院の内科に知り合いがいたことから 思いついた(!)との事だった。 三井医師から紹介状を貰い、A病院に行く。担当してくれたのは五藤(仮名)という中年男性の医師だった。五藤医師は今に至るまで(一時期を除き)私の主治医である。 A病院は大病院なので、どの医師が担当になるかは指名しない限り運次第で …
他の科でも言える事であろうが、こと精神科に関しては主治医との相性は重要 だと思う。ラポール(調和した関係)が築けるか。信頼がおけるか。腹を割って話せるか。例えば皮膚科でとてもぶっきらぼうで無礼な医師が居たとして、湿疹を みて軟膏を出す。湿疹が治る。それならそれでいいだろう。 しかし精神疾患の場合は、ぶっきらぼうで無礼な態度を取られた時点で病状に 悪影響を及ぼしかねない。 一ノ瀬医師が「子供は手元で育てる」という価値観を持っていたが、 患者の価値観も受容、すり合わせが出来ればいう事はない。 むしろこの医師にかかったら病気が悪化するのでは?と呆れた医師の例を あげよう。この人の場合相性以前の問題か…
五藤医師に入院を打診された際、正直抵抗があった。 その時敏記は小学校低学年、茂洋は保育園であった。 子供が小さい事に加え、精神科にかかったいるだけでも 何か後ろめたいような、こそこそする気持ちがあったのに (この気持ちについてはブログ内「逃れられない偏見」でも 触れている)入院となっては…・ 人に言えない、もし知られたら。入院するようになってはお終いだ。 これを読んで不快に思われる方もいらっしゃると思うが それが正直な心境だった。 ただ、一方でその時の私の状態は三井クリニックに通い続けてもはかばかしく なく、汚れ切ったよれよれでぐちゃぐちゃの雑巾のような状態だった。 ここで入院を試してみる価値…
前述したがA病院は総合病院で他にも科がたくさんある。 どちらかと言うと精神科はひっそりとした存在である。 入院はフロアごとに科が決まっていて、精神科は 内科と同じフロアだった。ただ精神科の患者は内科患者とは 同室になることはなく、決まった部屋にまとめられていた。 とは言え、食堂は一緒だし、風呂や談話室も共用なので 一見精神科の患者なのか、内科なのかはわからない。 のちに入院したB病院(精神科単科病院)とはかなり様相が違っていた。 精神科単科病院だと、紐類や刃物の持ち込み(自殺・事故を防ぐため) 禁止の決まりのところもままあるのだが、A病院ではそういう事もなかった。 普通の病院。精神科入院という…
九谷保健師と面談した翌日、さっそく八木クリニックへ向かった。 診療は5時までとなっていたが、その一時間前に着いて受付を済ませた。 30分ほど待たされて名前を呼ばれた。 診察室に足を踏み入れて、たじろいだ。 クリニックはビルの二階にあるのだが、窓一面に暗幕のような ものが張られ、外の明かりが一切入らないようになっているのだ。 薄暗い中、大きなライト(唯一の照明)を背にした八木医師(女医) の姿がぼうっと浮かび上がっていた。 腰まであろうかと言うウェーブのかかったバサバサのロングヘアで .やり過ぎなほどのきつめの、派手なメイクをしていた。 クレオパトラのようなアイライン。真っ赤な口紅。 ラメの入っ…
小学生の頃から「変態だろ?」とよく言われ、好きな女子のリコーダー笛を舐めたり、好きな女子の上履きの匂いを嗅いだり、現在でも嫁に対する変態かもの実態をフリーイラスト画像を加工し紹介した写真ブログです。
スーパーで嫁さんが買って来た夕飯メニューの美味しかったフランクポテトのチーズ焼きのフランクフルト半分詐欺かとコロナ禍の厳しい日本経済の生産業をつぶやいた写真ブログです。
池田先生の会長就任60周年「記念映像上映会」へ嫁と参加する時、マンション廊下に1匹のスズメ:雀が怪我をしたのか?弱ってたので助け、怪我が治るまで家で養生した写真ブログです。スズメを飼うことは「鳥獣保護法」に違反する行為なので、元気になり飛び立つ日までベランダで養生しようと水や米粒を準備したのですが、数分後、弱り衰弱してしまったスズメは死んでおり、僕等はスズメを木立の陰に埋葬し題目で見送った。
コロナ禍と大雨が長期間続く梅雨前線が活発の中、引越したマンションの自宅で焼肉を食べました。健康食に気配りしながら、白米抜きで満腹を抑えながら肉や野菜の生産者の方々へ感謝して美味しく食べれた写真ブログです。
脳神経外科病院へ検査通院の写真と共に「ありがとう」は重要で明るくなる事を「ありがとう」の語源をフォトエッセイ。聖教新聞で見た「青年SGI世界の若きスクラム」の十字御書の災い(わざわい)は、口から出て身を破る。幸いは、心から出て自身を飾る。
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APD/LiD(聴覚情報処理障害/聞き取り困難)の記事
痛みがあろうとなかろうと ジブンラシク今を生きています
膝の話しです。 今朝、近所の人と膝のことで、話しをしました。 彼女は、亡くなった母と仲良くしてもらっていました。 現在80前半で、4年程前に膝の人工関節置換術をしておられます。 一度、そのことについて聞きたいと思っていました。 かかりつけ医から紹介をしてもらい、市民病院で手術を受けました。 入院期間は、2週間の予定でしたが、10日で退院したらしいです。 たくましいですね。 うらやましい…… 彼女が言うには、全身麻酔なので、目が覚めなかったらと心配したと。 私なら、それならすっといけるなと思ってしまいそうです。 でも、いざとなったら違うのかもしれない。 手術して、良かったと言っておられます。 話しを聞けて、良かったです。
今日は朝から、免許の更新に行きました。 更新会場は、建物が古いので、エレベーターがない。 脚の悪い私には、杖なしでは階段を登れない。杖を使うような身体の人は免許をもつな!ということなのかと感じた。 私より足の不自由な人は、ここではどうしているのだろう。 必死になって、更新終えました。 これで、5年は大丈夫。
書いた文が、ちょっとした指の動作で、消えてしまった… 今日は、二人の姉とラインではなしました。 姉がいて良かったです。 脚のことや、うつうつとした気持ちを、聞いてもらいました。 脚の痛みは、変らずで辛い。 でも、明日は免許の更新があります。 行けるだろうかと、憂鬱な気持ちです。
昨日の続き 右膝が腫れた状態で、農作業と運動を続けていました。 次第に左膝にも負担がかかり悪くなるのも当然です。 数ヶ月かけて、右膝の腫れも引いてきましたが、違和感は残ったままでした。 当時の私は膝の怪我を家族に話して、助けを求めることが出来なかった。 今朝は、左足のくるぶしが攣って痛かった😔
私は元々ひざが悪かったのですが、 昨年の秋から膝の痛みが強くなり、 今年の1月初めに整形外科へ行きました。 軟骨の擦り減りが原因と言われました。 両膝痛いのですが、原因を作ったのは 自分なのです。 約20年前にスポーツをしていて、 右膝を強く床に打ちつけ、ブチッと音がしました。 何かが切れたのですね。。 なぜあの時、医者にかからなかったのだろう。 あの頃の私は、正しい判断、普通に考えることが出来ませんでした。
闘病日記と家庭菜園
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